懐かしの阪和線
幼少期の思いでの中で大きな位置を占めるのが電車。
この駅から、
こんな電車に乗って、
とりあえず天王寺駅に行きました。
その当時、その路線の優等列車は国鉄なのに「快速」ではなくて「直行」と呼ばれていて湘南型電車が担っていました。
「各停」の床は油引きで、この電車が「直行」としてやってくるとクロスシートじゃないのでガッカリしました。
天王寺駅は地上に紀勢本線のディーゼル車の急行や特急と阪和線。
地下に大阪環状線と関西本線、
関西本線は未電化だったのでディーゼル車で、ホームと列車に大きな段差があったのが不思議でした。
そして天下茶屋行きの南海電車のホームがありました。
その後、高校への通学時に新型車両(103系など)への入れ替えがありましたが、今なら新聞記事になるような誤停止が日常茶飯事でした。
当時の阪和線は鉄道の博物館と呼ばれ、新旧、各線、色違いの車両が使われていました。
今ではそんなに混まない大和路線と比べて通学で阪和線を活用していたときは、超満員で天王寺駅に近づくと下り電車が出発してホームが空くまで停車していた苦痛が忘れられません。
関空・紀州路快速や特急が環状線経由で大阪や新大阪まで行けるようになったので入線待ちの苦痛は少しはマシになったのかな?
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